“AIでしょ?”に、少し違和感
- Asami Iida
- 4月5日
- 読了時間: 2分

AIを使った制作が、ずいぶん身近になってきました。実際、便利だなと思う場面が多々あります。
ざっくりとしたイメージを出したいときや、方向性を探りたいとき、SNSのようにスピード感が求められる場面では、助けられることもあります。
でもその一方で、何でも簡単にAIでできる、と思われてしまうことには、少し違和感があります。
たとえばSNSで見るような、ざっくりした解像度のイメージであれば、細かな粗さは見えにくいこともあります。
投稿したあとに差し替えたり、消したりできる気軽さもあります。そういう場面では、AIがうまくはまることもあると思います。
ただ、印刷物のように細かい部分までしっかり見られるもの、ミスが許されないものになると、話は少し変わってきます。画面の中では気にならなかった違和感が、紙にした瞬間にはっきり見えてしまうこともある。
そこはやっぱり、人の目と手で確認して、整えていく必要があります。
「AI」は 自分の中では少し“万能調味料”に似ているなと思っています。
あると便利、うまく使えば全体がまとまりやすくなる。でも、どんな料理にも同じように合うわけでもない。
料理によって合う調味料が違うように、制作も内容によって、使い方や向き不向きがあります。
何に、どこまで使うのか。その見極めが大事なんだと思います。
たとえば料理人さんに向かって、「これレトルト使ってるでしょ?」とか、「万能調味料入れればすぐできそう」なんて言ったら、かなり失礼に聞こえることがあるはずです。
便利なものを使うことと、その仕事を軽く見ることは、やっぱり別の話。
デザインも少し似ていて、AIを使っているかどうかより、どう考えて、どこを整えて、最後にどう仕上げるか。
そこに、その人の仕事が出るのだと思います。
AIが広がっている今だからこそ、AIと分けて考える作業も前より必要になってきました。 便利さに助けられることはあっても、何でも簡単にAIでできると思いこまれてしまうと、現場とのズレが大きくなってしまう気もします。 頼れるところは頼りながら、最後はきちんと自分の感覚で整える。 今の自分には、そのくらいの距離感がちょうどいいなと思っています。

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